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大雪山遭難に思う

大雪山登山ツアーで悪天候に見舞われ10名の方が命を落とされた事故。

新聞記事 大雪山系遭難:「出発、無謀だった」…生存者証言 - 毎日jp(毎日新聞).

ぼくもそこには行ったことがあるし、同じように悪天候の中、ちょうど事故が起きたあたりのトムラウシ山で停滞を余儀なくされたので、遠い過去の山行ではあるが辛く寒かった記憶は消えていない。

ぼくたちは富良野岳から北上し、十勝岳、美瑛岳、コスマヌプリ、トムラウシ、化雲岳、忠別岳、白雲岳と辿って旭岳から層雲峡へ下った。全行程12日間、予備日は3日くらいとっていたと思う。そのときの山行メモが今も残っている。

書き写してみます。一部追補

□7月21日 富良野から
10:55 (ぼくたちを運んできた)トラックから降り出発
11:30 昼食 パン
12:35 沢を登る、滝をひとつ越す 涼しい 川は冷たくて少し白いような水である 熊がでてくるか けれども荷物が重いのと腕がおかしいことで辛さも二倍。空はどんよりと曇っている。声がしわがれ。
13:35 先ほどの滝のような小さな落差4メートルのものは地図になく、あれから少ししてから不動の滝を巻いた
第二の滝の前の沢出会いで休憩
水は冷たく美味しい 背負子のバンドが長くて肩が痛かった。うっすらと日がさしてくる
14:55 滝の上 急登にダウン寸前 汗が滝のように流れる ものすごい数の虫に悩まされはじめている 眠くなってきた
15:36 テント場 湿地帯 グランドシートの下にポンチョを敷く 激しい虫(蚊)の数

□7月22日
6:22 出発
6:50 バテそう 信じがたい重み
7:48 沢
10:10 富良野岳頂上 霧 バテた 昼食
12:00 テント場

□7月23日
5:30 出発
6:00 十勝岳手前 天気 曇り 風強い 風が冷たい 富良野のすばらしい眺めを楽しむ
6:35 十勝岳頂上
8:15 美瑛岳手前
9:25 美瑛岳頂上 メッチェン(妙齢の女性)がいてぎゃ-ぎゃーとうるさい 昼食 チョンボしたクラッカーの変わりに予備食のビスケットを食べる 美瑛岳の肩を巻く道のルートハンティング 霧がでてくる
10:00 分岐に戻り下る 霧の粒が大きくなる

□7月24日
5:45 出発 猛烈な風に悩まされる 辺別山へのこの道は(本来なら)丘陵地でものすごく気持ちいいところなのに、(今日の)ここは…
7:10 オプタテシケ肩 いやな雲が北東からわいてくる
8:22 オプタテシケ山頂上 霧濃く風が強い 髪の毛に水滴
8:45 第3峰を下ったところの分岐を西に入り込みルーハンに時間をとられた
10:20 双子池テント場に到着 思ったよりも広いテントサイトにおどろく オプタテシケの急登と急な下りに驚く
ピーク付近はものすごい霧と風 五合目あたりに下ると雲が切れこのテント場が見えた 感激した


□7月25日
4:30出発 昨夜は雨が激しく降りあわやと思ったが、その雨は上がった。
笹薮の中で休憩 泣き面に蜂
6:00 コスマヌプリを見上げる這松帯。一瞬であったがトムラウシが見えたのだがまたしても霧が這い上がって来て目隠しをされた。
7:10 コスマヌプリ頂上 晴れていれば素晴らしい景色なのに
9:35 スマヌプリ頂上 雲が切れた 行く手に黄金が原が見える
10:40 テン場着 天気はよくなってきた気がする

□7月26日
6:51出発 本当は大快晴になるはずだったのに、なんということだ!雨で視界はまったく利かない

(この日なんとかトムラウシに到着するも、視界利かず激しい風でトムラウシ北側にてビバークする もう少し行けばヒサゴ沼非難小屋があったのだが、悪天候でそこまで行くことはできなかった)

□7月27日 停滞

(この日はひたすら雨風が止むのをテントの中で待っているだけでした)

□7月28日
5:25 出発
7:12 ついに太陽が現れ青空が広がった
9:40 化雲岳頂上 トムラウシは雲に隠れてしまっている
11:00 五色岳頂上 忠別岳石室を目指す

□7月29日~8月1日 (以後略)

7月21日に富良野を出発して実に一週間の間、悪天候に見舞われ続け、精神的にもダメージを受け、さあどうなるかというようなところ、28日になって天候が回復し、ようやく北海道の山の美しさを実感する旅になったのでした。層雲峡に下ったのは8月1日のことでした。

このときのことは、景色のすばらしかった旅後半もさることながら、雨風に吹きまくられ、夏なのに異常に寒かった旅前半のことも強烈に記憶に残っています。

今回の遭難の記事にもあるように、夏でもこのあたりは突然の雨や風があるようで、そうなると視界もふさがれ体温は奪われ、遭難リスクはかなり高まると思われます。今になって思えば、あの時なにごともなく無事もどることができてよかったなあ、ということです。今回の遭難事故を知って、あらためて思っております。

山での危険は、なにも岩場とか鎖場にあるのではなく、一見平凡な地形(事実、トムラウシ周辺は実にすばらしい絶景の広がる平坦な場所でもあります)にも潜んでいることを改めて認識せざるを得ません。

無理をして風雨の中歩き続けたことが失敗であったのは明白と思います。予備日も設定されていませんでした。

この事故を機にこうした無謀な山行が減ることを期待します。

たとえそれが富士山のように人がたくさんいる山であったとしてもです。悪天候をついてでも登っていくには相当な経験と力量が必要です。

自分の判断で「動かない」あるいは「止める」。そういう決定ができるかどうかも力量のうちです。誤れば死にます。山では慎重の上に慎重を。ぼくが学んできたことです。

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花火でハワイアン

調布の花火大会にあわせて、ぼくの住むマンションで住民親睦会が催された。

調布の花火をマンションの屋上で見物しながらみんなでビールでも飲もうというようなことで始まり、かれこれ10年くらい続いている。

その親睦会も去年あたりから次第に妙な盛り上がりを見せてきており、蕎麦打ちを趣味にしているオジサンたちが打ちたて茹でたての蕎麦を振舞ってくれたり、子供のために風船釣りがでてきたり、ついに今年はハワイアンバンドが演奏披露するということになった。

090720

このバンド、仕事をリタイアされた方々がしっかりおやりになっており、なかなかお上手でした。

夜の世田谷通りにスチールギターやウクレレの音が響いて、通りを行く人たちも、なにが起きたのかびっくりしているようでした。

その後、マンションのエントランスあたりに作られたテーブルで二次会。実はこの二次会のほうを楽しみにしている人もたくさんいて、ぼくもどちらかというとその仲間である。

ふつうマンションでは住民の付き合いが疎遠になるとかいうが、うちのマンションは世帯数80くらいあるわりには、結構楽しくできていると思う。

愛知県のアパートの方は世帯数12しかないけど、住民の付き合いなど皆無。むしろこちらのほうが問題あると思うが、いまさらどうすることもできないし、まあいいか。

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フォークジャンボリー

昔、40年くらい前のこと。

ぼくの住む町の近くで歴史的なイベントが催された。

ぼくは高校生になったばかりだった。

当時の高校生中学生は、『君らは絶対そこに行ってはいけない!』と学校から命令されていたが、ぼくは行ってしまった。

夏休みのなんにもすることのない時期だったこともある。

中央西線坂下という駅から臨時バスに乗って会場に向かった。バスは満員で田舎のガタゴト道を揺られていった。

椛の湖というところに向かう一本道を行くとゲートがあり、入場券を見せると変わった形のペンダントをくれた。このペンダントが開催3日間、入退場のパスポートになる。ぼくたちはそのペンダントを首から下げ、見世物小屋のように並んでいるサブステージを縫って会場内をあるいた。

まだ、昼だったがサブステージではアマチュアを含めたミュージシャン達が思い思いに歌をうたっていた。

さて、そんな思い出のコンサートが40年の時を経て、当時の運営にあたった人たちの手によって蘇る。

’09 椛の湖 FOLK JAMBOREE

行かねばならぬ。

さっそくチケットを手に入れた。

8月1日は思い出の地に行こうということになった。同級生に声をかけたらほいほいと10人くらい集まった。

先日、その作戦会議が開かれた。

できるだけ良い場所を確保するためには、何時頃会場に行けばいいか。持ち込む飲み物は誰が調達していくか。昼から夜まで野外で過ごすためには何が必要か、などとビール片手に真剣に話し合おうという作戦会議だったが、会議は5分で終わり、あとは単なる飲み会になってしまった。

でも、楽しみはしだいにつのっていく。

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トランスフォーマー・リベンジ

久しぶりの更新。

先週から今週にかけて、日本列島が梅雨前線に覆われ、各地で時折ひどい雨に見舞われていたころ、ぼくもどたばたと仕事やらお付き合いやら、いろいろしておりました。おいおいまたこの記事の中に現れてくるでしょう。

さて、実は東京の我が家のテレビが壊れてしまっておりました。かれこれ一ヶ月ほど。だから東京ではテレビの無い生活が続いております。

ぼくとしては、テレビが無いほうが家の中が静かでよいような気がしますし、子供たちはあまりテレビなどなくてもパソコンでYoutubeなどが見られればよいようであります。

が、そうはいってもぼくは我が恐竜軍の様子がきにかかるし、わが妻は韓流がきにかかる。

現在のテレビは忘れもしない1992年に買った、当時最新式の横長テレビであります。

年号を覚えているのは、当時やはり同じようにテレビが壊れており、まだ子供も小さく、静かなテレビの無い生活が送れていたのでありますが、その年にはオリンピックが開かれ(韓国五輪だったかな)、どうしてもオリンピックが見たくて(世の誘惑に乗ってしまい)ついに新型を買ってしまったという経験をしていたからであります。

で、今回。

結局本日、倍速フルハイビジョン液晶37型を買ってしまったわけであります。来週家には届きますが。

家でテレビみてればいいかもと思わせてくれたのは、今日のトランスフォーマー・リベンジという映画であるとの仮説も成立します。


ではいきさつを。

本日、新百合ヶ丘へいつものようにわが妻と映画鑑賞に。

映画館はエヴァンゲリオン人気なのか、いつもと違う人たちで大賑わい。そんな中でこちらはトランスフォーマー。前作が面白かったので、2作目も期待して入場。

結論。

DVDで見てればいいかも。


ユーモアの感覚も前作のほうが上だと思う。そして、最大の問題点が、全編をとおして戦いが繰り広げられるのだが、その戦いの主役がロボットである必要がないように思えてしまうというところだ。

この映画は意識をもった変身型ロボット生命体が、良い側と悪い側に別れ、その存続をかけて人類を巻き込んで戦い続けるというものだ。

前作のロボット君たちは変身の様子もなんとなく、ガチャガチャとしていていかにもメカっぽくてよろしかったのだが、今作はそのあたりが、もうどうでもいいから早く画面の中で、でかいロボットにしてしまえといわんばかりにCGでやっつけてしまった感が強く。せっかくのメカニカルが見にくい。

そうなると、ドンドンバチバチやっている連中が必ずしもロボットでなくても良いような気がしてくるし、やたら戦いのシーンが多く、その迫力はなかなかのものであるのだが、そんなに驚きがあるわけでもない。

それで、DVDが出たら借りてきて、ディテールがわかる程度の解像度のビジョンで見ればOKと思えてきてしまったのだ。


それで、話は壊れたテレビに戻るのだが、そんなこんなで、やはりここはひとつテレビを買いますか、このままじゃDVD見れないし、とぼく。賛同するわが妻。

で、結局その足で電気店の店頭をにぎわしていた液晶テレビを指差して、これちょうだい、という成り行きになったのでありました。はい、店頭展示品でありましたのでお値打ち価格で購入できましたけどね。リサイクル費用込みで12万円弱。エコポイントが20000円分となりますので、実質約10万円。

DVDでたらもう一度この映画、買ったばかりのテレビで見ますかって?…たぶん…見ないでしょうね。おしまい。

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