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いやはや中国食品

中国食品の安全を揺るがす事故というのは、あと1~2件はおきるでしょう。まだまだ問題は起きる、というのがぼくの予想です(はずれることを願っていますが)。

今回の冷凍食品への殺虫剤混入。原因はたぶん、製造工程で殺虫剤を使用していると思います。

おそらく製造工程に虫がいる。

そこに殺虫剤を吹き付けている。

ひょっとしたら出来上がった餃子の上を虫が這っているのかもしれません。従業員は良かれと思ってそこに殺虫剤を吹きかけて虫を駆除している。従業員はそれを悪いことと思っていない。そんな想像ができます。想像がはずれていることを願いますが。

一昨年中国に行ったとき、ぼくは餃子をたらふく食べてきました。さすがに美味しく感動しましたが、今はやや不安。

いちはやく問題の工場の原因を究明し、中国産食品すべてが悪いというような風評が立つことのないようにしてほしいと思います。

中国当局の迅速かつ正確な情報公開を望むだけです。

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福士選手のレースについて

昨日の大阪国際マラソン。注目される福士選手は失速し惨敗した。

ぼくもテレビで見ていた。30キロを過ぎたところで誰の目にも福士選手の身に異常な事態が生じていることがわかった。ゴールまで1000メートルをきったころ、すでに足は動かないし、転んだら危ないような状態だった。

ぼくは、当然コーチが走るのを止めるだろうと思っていたが、横にいるコーチは彼女を最後まで抱きとめることはなかった。

毎年元旦に行われる箱根駅伝でも過去似たようなシーンが幾度もあった。脱水状態に陥った選手を監督が抱きとめレースを棄権させる。それは、レースを続けさせ学校の名誉を守ることよりも、将来ある選手の今後を考え、怪我をしてしまうまえに選手を安全に保護するためだと思っている。

そういう目でみたとき、昨日の福士選手に対するコーチの対応が、あれでよかったのかどうなのか、わからない。
トラックに入ってきてしまってからは、ぼくもいまさら止めるより最後まで走らせてやりたいと思ったが、走りきりることが福士選手にとって、どういう意味があったのいまでもわからない。

コーチはもっと早く走るのをやめさせるべきだったと思う。トラックに入ってから止めるのは忍びない。しかし、その前だったらできたはず。あんなふうに一流の選手がぶざまに何度も転倒する事態を放置するのはおかしい。骨折などの怪我がなくてなによりだ。

練習不足だったとか、マラソンをなめるなとか、新聞に載っていたが、ぼくは果敢に挑戦する福士選手の姿は立派だったと思う。ただやはり無謀だったと思う。それだけにコーチはもっと毅然として戦略の失敗を認め、レースを中断すべきだったのではないか。

さて、大阪の結果をみて、福士選手には悪いけど、実はぼくは喜んだ。なぜならそれはいよいよQちゃんの走る名古屋国際マラソンの結果が大事になってきたからだ。

Qちゃんには是非復活優勝してもらいたい。そして北京の切符をもぎ取ってもらいたい。3月9日、ぼくは沿道に立とうと思っている。

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ミュージカル『ガールフレンズ』

天王洲にある銀河劇場というところへ、ミュージカル『ガールフレンズ』をわが妻かおりさんと観にいった。

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このミュージカルは、台詞はなくすべてユーミンの曲によってストーリーが展開されるというものだ。

ユーミンの歌とともに歳をとってきたぼくらの世代にとって、これは観なければ、いや聞かねばならないものだろう。

ぼくは学生のときに初めてユーミンのアルバム『ひこうき雲』に出会い、そのままリアルタイムに聞き続けた。結婚したころには「昨晩お会いしましょう」がリリースされ、いよいよユーミンワールドにはまったものだ。コンサートにも何回か行った。

しかし、アルバム「ドーンパープル」まではなんとか聞いていたが、それ以降は少しづつユーミンの作る楽曲が耳に残ることは少なくなった。

ぼくとわが妻かおりさんにとってユーミンの歌はデビューから1990年くらいまでの期間のものが、いつも思い出のシーンにあるBGMになっている。

さて、そんなぼくとわが妻かおりさん、期待に胸膨らませ劇場の椅子に座った。

およそ2時間。36曲もの歌を聞いた。主人公は二人の女性。内向的な真理子と活発な裕子。ふたりの恋と失恋、そしてあらたな出会いと別れ、友情。そんなストーリーが展開する。場面場面で歌われる曲は、まさにそのためにあったと思うくらいピタリとはまっている。

とくに「青いエアメイル」で描かれた情景はこの劇の核心ともいうべきところ。真理子役の堀内敬子さんが上手いので思わず涙ながれる。

たくさん曲があるなかで、それでも今日の曲はまだまだほんの一部分。この間NHKでユーミンの曲をモチーフにしたドラマをやっていたが、もっとたくさんのドラマがつくれそうな気がする。

おもしろかった。昔好きだった曲や映画を懐かしむことは健康に良いそうで。こういうのもたまにはいい。

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寒い朝

うぅ~っ、寒っ。

今朝はこの冬一番寒かったんじゃなかろうか。

会社まで徒歩。耳は痛くなるし、手袋をはめた手もかじかんだ。

しかし、こういうキリッとした朝が冬の魅力であり、やっぱりぼくはこの季節が好きだ。

さて、ぼくの首である。カイロプラクティックの甲斐あって、ようやく自由に廻るようになってきたことは良い。しばらく様子見。

このところ毎週東京を往復。

19日の土曜日は知人の退職記念パーティ。会社を定年まで勤め上げ、独立して個人事業を開業。友人知人、業務関係者が集まり壮行会みたいなものがひらかれた。60歳を迎えてもまだまだ若く事業に燃えておられました。こういう人生もあるのだなあ、と一人感心しておりました。ぼくの場合はどうだろう。

さて、今週は明日大阪行き、明後日東京行きとまた移動の日々。

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背骨調整、戦後処理

突然、背中に異常を感じたのは昨年の暮だった。

風呂から出て、髪の毛をタオルでガシガシと拭いていたとき、背中にある左右の肩胛骨のちょうど真ん中あたりの背骨のどこかでパチッと音がしたのである。

痛っ!!と思ったのだが、それからがたいへんだった。首を上下左右に傾げると、その音がした当たりに激痛。それはいかんと思って寝たのだが、翌朝。首が回らない。とくに左に向けようとするとこんどは首筋にかけて、突っ張るし痛い。背中の筋がカチンカチンに張ってくる。

しかし、スケジュールは怒涛の忘年会で埋まっている。いまさら取り消しもできないし、なんだか飲んでいると痛みも忘れいい気分になってしまう。実はそんな状態で年末は突っ走っていたのであった。

年を越えても痛みは消えず、ようやく今週東京に戻ったので、さっそくいつものカイロプラクティックに行ったのであった。

かくかくしかじか、先生に経緯を話すと、まっすぐ立ってみてください、と言われた。ぼくを真正面から見た先生が言った。

「あー、身体が左に傾いてますねえ」

もちろんぼくは懸命に直立不動を貫いている(つもり)。さらに先生は、身体のチカラを抜いて素直に立ってくれとのたまう。ぼくは懸命に指示に従うのだが、次に出た先生のお言葉。

「普通人間はですね、チカラを抜いて直立すると両手の親指はどちらかというと外側を向くんですね。しかし、あなたの場合は内側を向いています。これ、異状」

ぼくはもはや普通の人間ではないということなわけで、しかもあいかわらず身体は左に傾斜しているしで、ぼくの気持ちはグングンと暗く沈んでいったのでありました。一体なにが起きてしまったのだろうか。

ぼくの背中をさすったり揉んだり押したりしていた先生。しばらくしてポツリ。

「相当、飲みましたね」

つまり、こういうことらしい。年末にかけて飲んだ飲んだの戦のあげく、ぼくの肝臓は悲鳴をあげつつアルコールを処理していたのだが、その結果、ぼくの背中の右下の部分、ちょうど肝臓の裏手側の筋が凝り固まってきてしまった。先生によれば筋肉がやたらと緊張している状態らしい。

ぼくのカラダは右下の緊張に負けまいとして、背中の左上(左肩胛骨あたり)の筋肉を使ってバランスを取り始める。つまり、ぼくの背中の筋肉は左上から右下へ、袈裟懸けに緊張し続けていたことになる。そのような状態が長く続いていたところへ、不用意に頭から首にチカラをかけたので、それまで頑張っていた背中の筋肉バランスが狂い、背骨のどこかがズレた、という解説であった。

あいかわらず明快な解析でありまして、で、そういう場合はここんところをこうしてああして、とクイクイとツボのあたりを押しまして、最後に首の下あたりの背骨をコンコンとなにかで叩いていただきましたところ、あら不思議。それまでの傷みは(やや)消え。なんとか顔が左に向くようになったのでありました。もちろんカラダの傾斜も修正済み。両手の親指も正常位。

それから2日後。本日ですが、まだ傷みはありますが、以前よりかなり良い。もう一回通って背骨を調整してもらおうと思っております。それにしても、まだぼくの戦後は終わらない。そんな感じです。

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年始を振り返る

朝から頭痛。

軽く二日酔い。なんてこった新年早々から。でも、年初というのはそんなもんかな。

結構な勢いで突っ走った昨年暮れ。そして迎えた新年正月。今年の年末年始は実に気持ちよくすごせた日々であった。大晦日は確かにテレビでは紅白歌合戦をやっていたのだが、その中味はまったく覚えていない。久しぶりに記憶がとんでいる。

あの日、ぼくの父親が、「倉庫に入れているお前の本が邪魔でしょうがない、捨ててくれ」と鬼のように言うので、しかたなく、ぼくの長男のマサキともども倉庫整理をし、とりあえず空けろといわれた棚にあるダンボールのうち半分について、泣きの涙で処分したのであった。本はぼくの血であり肉である。それを捨てざるを得なかったのは、貯めに貯めた本の置き場所がなくなって、ついに実家の倉庫の棚を我が物顔で占拠してしまっていることの後ろめたさがあるからだ。

で、そんな作業をし終えて家に戻って早々に、甥っ子姪っ子達がやってきて、にわかに我が実家は、我が一族郎党の宴会場と化したのであった。適度に疲れたこの身体。食べ物飲み物を欲してやまない。

その前日に蓋をあけた重箱のイタリアン御節、もはや内容物は消えかかり、原型をとどめていない。その上、ぼくの持参したトスカーナのワインはやたら美味しく、飲むほどに疲れた身体に滋養を与え始める。正月用の伊達巻も消え、数の子もあとわずか。飲み乾した杯を数える間もなく、ぼくの脳みそはグズグズと溶けていったのであった。

しかし、脳みそは溶けて思考は停止したとしても身体はけっして死なないというぼくのことである。ぼくの随意筋は直前までの動作を反復繰り返し続ける。まるで壊れたロボットだ。そのうえメタボな内臓は不随意筋。まだまだアルコールを吸収し続けた模様であった。気がついたらテレビには除夜の鐘が映し出されていた。そして年が変わった。

元旦は雪がそこかしこに残っていた。それで、我が家は外出を控えることとなった。なぜなら、ぼくの愛車エスティマ号はぼくの家族5人と両親二人、都合合わせて7人立派に乗れるのであるが、ぼく以外のすべての人々がぼくの運転に疑義を感じていたからに他ならない。よって、雑煮作りを始めた。

角餅を焼いて澄まし汁仕立ての雑煮が我が家の伝統である。その味には冷えた純米酒がめっぽうお似合い。てことで、ようやく活動をし始めたぼくの脳みそは再び、グズグズの沼地に入り込んでいったのであった。なんてこった新年早々から。

さて、本題である(遅!)

そんなこんなで平和な正月をおくった私。去年は仕事のことも家族のことも大変で、寝た気もしなかったのでありますが、今年はよく寝た(というよりつぶれてた)。おかげでメタボが2キロ増加した。これを取り返すというか削除できるのはいつのことだろうかと、視線をはるか彼方の中部山岳地帯にむけるのでありました。

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まだ遅い日の出

そろそろ正月ボケを直さなきゃいけないので、土曜日ではあったが平日起床の時間にゴソゴソと暖かい布団から這い出した。

まだ日の出は午前7時に近い時間帯。ぼんやりしていたらスカーっとオレンジの光が部屋の中に切り込んできた。大きな太陽が昇ってきた。

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午後になって矢場町の島村楽器に行き、ギターの弦2セットを買い、その足で大須まで歩いた。結構な人出だった。矢場町の味仙は外から見ると結構客が入っていた。ブラブラと商店街を通って大須観音に行き、お参りをしてまたおみくじを引き。良く歩いた。

家に戻ってギタレレの弦を張り替え、ヤイリのドレッドを少しチューンナップ。ちょっと音の鳴りが良くなった(ような気がする)。

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仕事はじめ2008

今日が仕事始め。

例年のとおり、まずは犬山の成田山大聖寺に初詣と新年のご祈祷から開始。

やっていることは去年とまるで同じなのでありました(去年の記事『仕事はじめ』参照)

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おみくじを引いたらやっぱり「大吉」。今年もやるぞ!!の気分は高まり、本堂にはいって護摩祈祷を受けます。

そして、今日の護摩祈祷の間、ぼくは不思議な感覚にとらわれたのであります。それは、お経を唱える僧侶達の声がユニゾンでほんとうに綺麗にハモっていたことに気付いたあたりから、ぼくの頭の中で起き始めたことなのであります。

目の前の護摩段では護摩を焚く炎の色が艶めかしく踊り、講堂内には身体を揺さぶる太鼓の音、大僧正の振る鈴の音が脳髄の奥に波紋を広げ、大勢の僧侶の唱えるお経の大合唱が美しく響き渡りそれに被さる。その音と光は曼陀羅のごとく講堂に渦巻き視界をふさぎぼくの聴力を麻痺させ、ひとときぼくは現実感を感じなくなっていました。これが真言密教の神髄(かどうか判りませんが)とばかりに思えたのでありました。それはまさに精神トリップ。よい経験というか不思議な感覚でした。半分寝ていたのかもしれませんが。

そんな心地よいいっときのトリップを体験したあと、こんどは地元の神社へ初詣参拝。柏手を打ち。

その後、イチローの故郷豊山町にある「八右衛門」にて昼飯。定番トマトカレーうどん。初日から腹一杯となって、ようやく午後オフィスにたどり着き、年賀状をチェックし、新年早々の来客に対応しで、一日は過ぎていったのでありました。

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謹賀新年

新年あけましておめでとうございます。
今年もぼつぼつやっていきます。
昨年暮れは怒涛の忘年会ラッシュで、ほとんど息つく暇も無く大晦日まで突っ走っておりました。

今年の年末年始は故郷にて一族郎党飲んで食べて過ごしておりました。イタリアンなお節料理も堪能(写真参照)

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このお節料理は、いつものイタリアンのお店に注文購入したもので、あいかわらずの美味さ。とっておきのトスカーナの18年物ワインを会わせてみたら、これまた最高でした。

故郷にも雪が降り、何年ぶりかの雪の正月となって風情もあり、雪見酒の気分でありました。珍しくわが家も一家勢揃いとなり、子供たちと「モノポリー」などして遊ぶこともでき。まずますノンビリとしたよい正月でありました。

で、明日が仕事始め。今年の抱負。今年も最低3回は山に登ること、わが妻かおりさんにはカヌーに乗ってもらうこと、もう少しギターを上手になること。を目標にして行きたいと思います。

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