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アメリカンTVドラマ4400

ぼくの単身赴任生活は、もう5年目となった。ぼく以外の家族は東京狛江市で暮らしている。

ぼくは愛知県に住んでおり、月に二回ほど(時にはもっと)愛知県から東京に戻る(行く)を繰り返している。

東京の家に戻ってもあまりすることは無い。キャンプ道具はもとより、自分の持ち物が衣類を除いてはほとんど少なくなっており、それこそ喜多見の大勝軒に出かけたりするのが数少ない楽しみだったりする。

家の隣にはレンタルビデオ屋があるので、最近の東京での楽しみはもっぱらアメリカンTVドラマを見ること。

今、『4400』にはまっている。(4400のHPはこちら

日本のテレビドラマで好きなのは、水戸黄門と、NHK大河ドラマと、北の国から(もう終った)と、夢千代日記(大昔だ)と、タイムとラベラー(もっと前だ!)と、とべたらほんこ(これまた古い)。あげたらきりが無い。

アメリカのTVドラマにもいろいろな種類があるのだろうが、X−ファイルやツインピークスとかV(ブイ)とか、ぼくがはまるのはSFサイキックホラーみたいなものが多い。たぶん異なる宗教観や世界観が見えるからだと思う。

『4400』に描かれるテーマは、まだ物語が完結していない(レンタルDVDがすべて出終っていない)のでなんともいえないが、たぶん人間による荒廃した今の社会の再生だと思う。その萌芽が芽生えたとき4400人に与えられた超能力は消えていくのではなかろうか。と想像します。

よくあるテーマだが、それをオカルティックに描いてくれるので、面白い。アメリカの人は本当に未来人とか宇宙人とか、オカルトとか超能力なんかを上手く使うよね。

日本のドラマも、いま流行のスピリチュアルだオーラだ前世だというもので彩りをつけ、おどろおどろしく八つ墓村的にイジメからの開放と、政治家の汚職をごった煮にしたスリラーにしてもらえたら、見るかもしれない。

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大人のイジメは許されるのか

ゆとり教育の見直しが議論されています。

いじめた子は登校禁止、というルールができるかもしれない、とニュースでやっておりました。

それでいいのか、と思います。

子供というのは他人をイジメる存在です。ぼくだってそうだった。いじめたりいじめられたりして、育ってきた。いじめられて初めていじめることの悲しさを覚えた。

いじめられた子は、その兄弟が庇った。それまで仲の良かった友達が突然仲間でなくなり、意地悪をしていた子が仲間になったりを繰り返し、ぼくらはいつも小さな勢力争いをしていた。でも、それが遊びだった。

今いけないのは、いじめたり、いじめられたりする子供を周りの人間が見守ったり庇ってくれないこと。

それどころか、お手本となるべき大人は、程度の低いイジメばかりやっている。テレビを見れば、いい年をした芸人がイジメをネタにして笑いをとっている。

政治家は談合を企て、弱い人達の税金をムダ使いしていく。夕張の人達は市長を親分とする悪いやつらに組織ぐるみのイジメにあったようなもんだ。

はたまた、いまどきの親は子供の権利とか、教育選択の自由とか言って先生や学校をイジメる。

イジメた人間にレッドカードで退場というのなら、大人にこそ適用しなければいけない。イジメた人間は根こそぎレッドカード退場だ。

でも、いくら退場させたからって、そんなことで子供のイジメはなくならないし、そんなことをすればイジメはもっと奥深く進行し陰湿なものとなるような気がする。

極論ですが、子供には、「残念だが、イジメはなくならないし、今の大人はイジメられた君達を救うことはできない。自分で解決するしかないんだ」と教えるべきで、子供がイジメに立ち向かえるようなイジメ学校を作ることの方が有効だと思います。

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彼を捏造に追いこんだもの

食品の効用を捏造した番組がありました。

食品というのは何であっても身体に影響を与えておりますし、我々はすべて口から食品を摂って身体を維持しています。

あるひとつの機能だけに限って証明しようとしたり、裏づけに固執するあまり、根拠をデータで無理やり証明しようとするから、袋小路に追い込まれ、データを捏造せざるをえないような状況に追い込まれるのでしょう。

ぼくは、昔からの言い伝えとか、先人達の食生活の経験からでも十分いろんな知恵や知識を得られると思っております。

『百歳の食卓』という本のことを、昔、ぼくの日記(ブログではない)に書きました。興味のあるかたにもう一度紹介します。

百歳になってもまだまだ元気なお年寄りの食生活に着目した本です。

結論的にいいますと、元気なお年寄りは「自分の好きなものしか食べていない」ということです。バランスに気をつけてすべての食べ物を万遍なく、なんてこととは一切無縁なのです。好きなものばっかり毎日食べている。でも、それが楽しい。長寿のお年寄りは皆良い顔をしている。

この本を読むと、自分の美味しいと思うものをストレスを感じることなく、楽しんで食べることがカラダにもココロにも一番良いということに気づきます。

そういう食べ物や伝統的な食べ方、を紹介するのなら捏造する必要などありません。昔からある伝統的な食べ物(納豆はその典型)は、事実として我々のカラダを良くしてきました。

科学的にデータを根拠にして効能を明確にした食品はありますし、そういう研究は地道にしっかりすすめられていると思います。

でも、今回の納豆のことのように、あまりに根拠の無いこと(たぶん言い伝えにも無いのじゃないか)を取り上げざるを得ず、番組制作者を捏造にまで追いこんだもの、それが何かを考えないと、また同じようなことが起きるのではないでしょうか。

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マイルスを欲す

今週も名古屋、東京を行ったり来たり。そうなると自然、新幹線の車内で過ごす時間が増える。

最近は、去年会社の親睦会で抽選にあたったHDDウォークマンを聴いて過ごしています。現在記憶させているのは全部マイルス・デイビスの曲ばかり。60タイトルのCDから約550曲。

このウォークマンの良いのは、全曲をアルファベット順にソートして再生できること。だからアルファベット順に並べかえてみると同じ曲が何曲ぐらい登録してあるのかが判る。

HDDウォークマン登録数多いマイルスの曲は次の通りでした。

1位、Walkin’ これは15曲。
2位、So What 12曲
3位、The Theme 9曲
4位、If I Were A Bell 8曲
以下7曲が、No Blues、All of You、Autumn Leavesと続き、6曲になると、Milestones、Round Midnight、Two Bass Hitなどが出てきます。

Walkin’だけ15曲続けて聞いても2時間以上かかり、新幹線の中では、オリジナルレコーディングバージョン(これが一番緩いテンポ)や、ライブバージョン(どんどんリズムが早くなる)を聞き比べることができ、そこそこ飽きません。そのうち、今聞いているのが、どの当たりの年代のバージョンなのか、ほとんど訳がわからなくなってしまいますが。

ぼくはこのWalkin’など50年代の曲よりも、70年代以降のエレクトリックマイルスの方が好きなので、Agharta(アガルタ)とかGetUpWithIt(ゲットアップウィズイット)方面に偏向的嗜好性を持っています。これらの曲はリズムセクションの音圧で頭の中が真っ白になってしまいますので、外界から意識を遮断するのにもってこいなのです。

ピコピコ携帯を鳴らしたり、やたら咳き込んだり、イビキをかいたりするはた迷惑な人々の騒音から隔絶され、狭い新幹線の空間が安寧の境地へと変わっていくのであります。一旦隔絶されれば、こっちのモノです。新幹線のかすかな振動が心地よいバイブレーションとなって、ココロもカラダも癒されていきます。

最近は、そんなことしながら新幹線を楽しんでいるともうしますか、旅の時間を費やしているわけでありました。

さて、今日は午後、東京から名古屋へ移動。いつものようにお昼ご飯を、わが妻かおりさんと東京駅で食べ、かおりさんとはここで、しばしのお別れであります。で、また今週の金曜日には東京に戻ってくる私でありました。さあて、また新幹線の中でマイルスだ。

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東京狛江「Cocos」のラグー

東京狛江市にある小さなイタリアンの店『Cocos』

町の中心部にあって平日は良く混んでいるらしい。今日初めて行った。わが妻かおりさんの働いている場所の近くだ。

今日の午前中、ぼくの住んでいるマンションの耐震性能に関する調査の結果報告会があった。ぼくはうちのマンションは耐震偽装するまでもなく、耐震性能が低く、大きな地震がきたらひとたまりもなく倒壊するのではないかと思っていたのである。見た目、古いしヤワな感じだし。

しかし、あにはからんや、一階エントランスの壁を補強すれば、まず地震で倒れることはない、との診断結果だった。昔の建物ではあるが、鉄筋は間違いなく入っており、コンクリートの中性化もなく、壁などによって建物の強さも問題ないとのことであった。自治会も補修に前向きなので、これで一安心というところだ。

その会合の後、今日も仕事で出かけたわが妻かおりさんの昼休み、そのイタリアンを一緒に食べたのであります。

わが妻かおりさんは萬年暦でいうところの「八白土星」(ちなみにぼくは九紫火星)。この星のひとはやたら働き者で浪費家だそうで、まあ当たっている。子供のため、旦那のため、今日も朝早くから(ぼくは寝ていて知らぬ内に家を出て行かれます)身を粉にして働くその姿は見ていて神々しい。そんなに働かなくてもいいのにと思うのだが、それが好きなのだからしかたない。

ぼくとしては、昼飯でも一緒に食べて感謝の気持ちを伝えるだけなのであります。

で、Cocosのスパゲティ。美味しい。ぼくの注文したのはラグー。茄子とトマトのボロネーゼといったところ。味がしっかりしており、なにより麺のアルデンテ感がよろしい。たまにやってきたいと思います。

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三島「すずふく」のカレーラーメン

2億円の年俸が8000万円になったので「俺をみくびるんじゃねえ」と(言ったかどうか知りませんが)いうわけで、会社を辞めたはいいがいっこうに再就職できない人もいれば、3億円の年俸が9000万円に下がっても、使ってくれるところへ喜んで行きますというわけで、すぐに再就職できた人もいる。プロスポーツの話ですけど。

人間、自分の価値を見誤ると、高飛車にでて大損をするという事例でしたね。

話はカレーラーメンです。今日は三島で仕事だったので、ウナギでもなく魚でもなくソバでもなく、カレーラーメンを食べてみました。「すずふく」というお店はけっこう地元では有名です。辛いラーメンは名物となっております。で、そこのカレーラーメンです。

ぼくはカレーラーメンが好きでして。でも、なかなかメニューにはない。その昔、東京日本橋浜町にあるラーメン屋によく行っていたころ、そこにはカレーラーメンがありましたが、コストが高いという理由(だと思う)で、ある日販売中止してしまいました。

はっきり言ってそのお店、カレーラーメンはおいしかったけど、その他はまあ普通。ぼくも含めてたぶん常連が突然その店を見限ったのではないでしょうか。客の数が減ってしまいました。そこで慌てた店主含めた従業員。結局カレーラーメンを復活させました。しかし、遠のいた客足はもとには戻ってない(のではないでしょうか)。

もうけ優先で客の要求していることが判らなくなると、店の商売も危うくなるというような事例でしたね。先ほどの再就職できない人の話と似ているなあ、などとカレーラーメン食べながらふと思ったりしておりました。

ところで、三島のカレーラーメン。味は普通ですが、このままの状態で着かず離れずじっくりと商い続けていって欲しいと思いました。

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出雲の神々

昨年伊勢神宮に参拝したときから、次は出雲大社に行ってみたいと思うようになった。日本の神話が急に身近になった気がしたからだ。

出雲は神話の世界では日本の国作りが始まったところ。多くの神々が一堂に会する場所だ。また、出雲大社近くの荒神谷遺跡からは、昭和59年、弥生時代に作られたおびただしい数の銅剣、銅矛、銅鐸が発見され、日本史を塗り替えた。これらの遺物はその頃の祭事に使われたのではないかとも考えられている。

ぼくはついている。およそ一月前に山陰出張が決まった。なにかがぼくを引き寄せているのかもしれない、などと勝手に解釈し、羽田空港からの道順を組み立てたのだった。ついでに出雲そばを食べてくるのも忘れないようにして。

出雲空港に降りたら、空は雲一つ無い快晴。地元の人も珍しいと言った。レンタカーで出雲大社に向かった。

出雲大社は大国主命(おおくにぬしのみこと)が祀られている。もともとは国作りに携わった神様だ。国作りとは農業や病気治療のことだ。因幡の白ウサギ伝説が残されており、転じて縁結びの神様とされているが、ぼくはモノ作りの神様というような理解をしている。モノ作りに携わっている自分だからこそ、ここに参拝する意味があるような気がしている。

境内に入る。社に張られた大きな注連縄に驚いた。

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静かなところだ。本宮に参拝し、社をぐるりと回るカタチで一周する。全国から年に一度やってくる神々のための席も用意してある。本宮の一番奥にスサノウの尊を祀る社があり、そこにも参拝した。静かだがなにかを引きこむかのような雰囲気の場所だった。

宝物殿にも入った。昔の出雲大社の作りなどを知った。昔の大社は奈良東大寺大仏殿よりも高さのあるとんでもない建物だったようだ。その遺跡も発掘されている。国宝や重要文化財を眺めて遠い過去に思いをはせるのは楽しい。

さて、しばらく大社の空気を吸ってから、ぼくは学業成就と健康回復の御守りを買い、境内から外に出た。ちょうど昼となりこんどは出雲そばを食す。近くにある「やしろや」に入って、特製割子そば(900円)を注文した。

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割子のそばに、タレをぶっかけて食べる。麺は細めでそばの香りが強くなかなか美味しい。だが残念なことに作り置きの麺のようで、少し伸び加減。タレは美味しいので、ちょっと残念な気がした。

そばを食べてから、荒神谷遺跡を経由して美保関(みほのせき)に向かった。美保関からは美保湾をはさんで対岸に、山頂に雪をいただく霊峰伯耆大山が綺麗に見えた。

美保神社に参拝した。今日は気温もほどよく高く、どうかすると汗ばむほどだったのだが、美保神社の境内に入った瞬間に、ぞっとするような冷気を感じた。日のささない谷筋にある神社なのでそう感じたのだろう。誰もいない境内で一人柏手を打つと、谷に響き渡る。心静まるというよりなにかが鼓動を早くさせた。

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ここは事代主命(ことしろぬしのみこと)が海を渡って上陸してきた場所とされる。もともとは漁業の神であったのが、海の果てから人々を助けに来るとされ、後年、恵比寿様としても呼ばれるようになった。だから、商売繁盛を本当に祈願するならここで行うのが良いらしい。しかし、商売繁盛というようなのんびりとした気分ではいられないほど、厳しい雰囲気の漂う神社だった。

もっと時間があれば、別に行きたいところもあったのだが、さすがにここまでが限界。仕事もしなければいけない。翌16日は朝からみっちり仕事。短い山陰の2日間だった。

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出雲にきた

出雲にきた


出雲大社に参拝した。

仕事で出雲にきた。朝早い飛行機にして出雲大社まで足をのばした。

静謐な場所だった。

このあと、松江を経由して美保神社にも参拝した。

こちらはもっと緊張感ある場所だった。

詳細は明日。

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母校のセミナー

母校主催のセミナーが大手町であったので行った。

午後1時から始まるので開始15分前に会場に入ったのだが、ほぼ満席の状態だった。参加者は母校出身のOBがほとんどなので平均年齢は高い(中にはぼくより若い人もいるが)。妙に女性が目立った。それは今日のセミナーのテーマ『きれる子、無気力な子、挫折する子』とも関連がありそうだ。

セミナーは現役の大学研究者が研究事例を判りやすく説明してくれるもの。児童精神科医療の現場の話、人間の脳内にあるホルモンの話(信頼感を醸成する物質)、学生相談カウンセラーとしての現場の話、ニートの発生とその構造の話、学校教育の現場における「ゆとり教育」への新しいと取り組みの話。そして脚本家内舘牧子氏の「家族で食事が基本』という話。どれもなかなか面白かった。

教育現場での新しい取り組みの話が面白かった。というよりこれまでしらなかったことに気づかされた。

今は「ゆとり教育」の弊害ばかりが報道され、一部の若者の暴走や暴力や、対局にある無気力な若者やニートの増加の原因にあげられているように思っていたし、ぼくも自分の子供たちが受ける学校教育は、「ゆとり教育」の結果悪い方に向いているという認識があった。

ところが、本来の「ゆとり教育」の目的が果たされていない現実はあるにせよ、その向かおうとするところは正しいのではなかろうか、ということを考えるにいたった。誤解を恐れずひとことでいうと、ゆとり教育の本来の目的とは、国際社会で通用する「自分の意見をはっきり言える」日本人を育てる、ということだ。

それが実際にどのようにして進められているか、現実の教育現場でどれだけそのことが実践的に進められているかについては疑問だらけだ。たぶんそんなには進んでいないのだろう。未だに知識詰め込み型の教育が蔓延していると思うし、今の受験制度との間に矛盾がある。

そしてもうひとつ、内舘さんの話が衝撃的だった。薄々今の世の中ではあり得ることだろうと思ってはいたが、それが現実に起きていると思うと暗澹たる気持ちになる。

内館さんは、NHKの朝の連続テレビ小説「わたしの青空」の脚本を書くにあたり、いまの学校給食や家庭の食事の現実について相当な取材を重ねたということだった。その取材の中で露になった家庭の崩壊(食事面での)現場。

お母さんが食事を作らない家がどんどん増えていること。家族でテーブルを囲んで食事ができない(しない)家がどんどん増えていること。その結果、子供たちは、正常な情緒や体力を維持できなくなっていること。もちろん、しっかり手作りの食事を準備し、一生懸命子供を育てている親もいる一方での話だが。そういう事例が増え続けており、そのことが学校の「荒れ」や「家族の崩壊」につながっているとしかいいようのない現実があること。

セミナー全体を通して見えてくる、今の日本と子育てに対する不安。まだまだ「切れる子」が出てきて社会が荒れていくのだろうという恐れ。しかし、一方で、その問題をもう少しうまく変えていければ、決して不安ばかりではないだろうという期待。今、我々にできることはなにかある、という思い。そんなことを考えることができて良かった。

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1月の秋空

1月の秋空

青山通りで見上げる青空はまるで秋の空だった。薄い絹雲が流れており、見た目爽やかなのだが吹く風は冷たかった。

今日、金曜日。年に一回の人間ドッグを受診した。体重は節制の甲斐があって2キロほど減った。よって肝機能も脂質代謝もなんとか基準ラインをクリアした。が、ちょっと落とし穴があったので近々精密検査受けてみようと思います。

高円寺のクリニックでドッグを終わり、高円寺駅前商店街にある寿司屋で昼食。ぼくはちらし寿司で、わが妻かおりさんはにぎり寿司の大盛。なかなかやる。鮮度の良い刺身で美味しかったが、電車に乗った頃にぼくのお腹は、バリウムと発泡剤と下剤とが渾然となり、すでに一触即発の構え。

またまた新宿小田急百貨店にお世話になりました。年に一回のこととはいえ、まいどまいどすいません。小田急電車を家族総出でいつも利用させてもらってますから許してね。

それから青山に出て大丸ピーコックで買い物。病院に行きちょっと面会。

家の隣のゲオで「スーパーマン・リターンズ」を借りる。見た。そう来たか。そうだったか、の結末。いいじゃないですか。これ、続編でるのでしょうか。

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表参道でパスタ、いまいち

表参道でパスタ、いまいち

トモカの病院にいきがてら表参道駅にある Echika で飯でも食べようということになり、わが妻かおりさんとカフェテリアのようになっている「マルシェ ドゥ メトロ(フード・コート広場)」に入った。

どの店もなかなか良い値段設定である。この場合の「良い」というのはそれなりに高いということである。だから味もそれ相応と一応の期待をした。

ぼくの頼んだのはパスタのセットでアイスコーヒーをつけて1000円。食べた。…。1000円あれば代々木上原の大勝軒でラーメン2杯食べておつりがくる。そっちの方が良かった。箱根そばなら3杯食べられる。そっちでもよかった。というのが感想です。

客の入りは相当良いので、ぼくの食べたパスタはたまたまぼくの趣味に合わなかっただけと思っております。

昨日、名古屋地方は朝から雪だった。このままうかうかしていると新幹線が止まると思い、急いで洗濯などをして急ぎ新幹線で東京に来た。今日も西の地方は天気がよろしくない。しかし、東京地方は冬晴れでして、実にしのぎやすく雪だ風だとたいへんな地方の人に申し訳ないほどです。

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豊山町八右衛門の双子カレー

豊山町八右衛門の双子カレー

小牧の南にある豊山町「八右衛門」の新メニュー「双子カレー」であります。

どう双子なのかということであります。見ていただければわかるように、うどんとご飯がひとつの器に盛られており、別盛りのカレーを好きなようにトッピングしたり、つけそば風につけダレのようにしていただくわけであります。

カレーうどんにもなるし、カレーライスにもなる。ということであります。うれしいことにトンカツも別皿になっておりまして、カツカレーうどんにもカツカレーライスにもなるわけです。

ボリュームは満点で、ぼくは結局、カレーライスを味わうことはあきらめました。すいませんご飯残しました。ここの名物トマトカレーうどんに勝るとも劣らないパンチ力とボリュームであります。カレーが実にカレー辛くてカレーカレーしてよろしいのです。ですが、食べ過ぎです。

さて、明日明後日とまたお休み。

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仕事はじめ

今日は仕事始め。

ここ例年の慣わしとなった成田山別院への正月参賀。今年はいつになく天気が良く、境内の桜がちらほら花をひらいていた(早!)

今日のおみくじは久々の「大吉」。

商売繁盛の護摩祈祷をしてもらってから、会社近くに戻り、地元の神社に参拝。今年も力まずやっていこうと静かにお祈り。気持ちもおだやかになる。

今年は正月休みをたっぷりもらった。元日からトモカの病院に毎日通ってはいたが、それ以外には箱根駅伝をみつつお酒を少々いただき、青山一丁目の武蔵青山で新春の一杯をいただき、代々木上原大勝軒で新春の2杯目をいただき。わが妻かおりさんには、青山ベルコモンズで買ったお財布を差し上げ。

年を越えてなにかスッキリした。こういう気分の正月は久しぶりです。静かに始動します。

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謹賀新年

謹賀新年

(北青山の街角にて)

使わせてもらいました。

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